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エル・エスコリアルでの埋葬までの秘密のプロセス

2019.06.24

中世や古くからの伝統や儀式と考えられているものの多くは、実は19世紀に作られたものだったりします。伝統を守り、流行に流されないように見える君主も常にそうであるわけではないようです。たとえば、フェリペ2世の宣誓の儀式はアルフォンソ13世の行った儀式と似ている点はほとんどないですし、スペイン王カルロス1世の退位の儀式も、ボルボン朝の王フェリペ5世や2014年のフアン・カルロス1世のものとは違っています。

 

 

同じことが葬儀や埋葬の仕方にも言えます。歴史の中で行われてきた葬儀についていくつか詳細な情報が残っていますが、王が違えばやり方も違います。たとえば、フェリペ2世に行われた儀式の詳細が残っています。

 

 

年代記作成者セプルベダによると、フェリペ2世は、解体された船の木材で棺を作り(船の木材は腐りにくい)、遺体は悪臭が漏れないように十分に密閉された亜鉛製の箱に入れてほしいと書面で残していました。その指示に従い、遺体は、最も忠実な従者2人が清潔なシャツを着せた上からシーツで包まれ、首には木製の十字架のついた首飾りがかけられました。装飾品はこれだけ。棺は王の寝室から運び出され、喪服に身を包んだ人の列がエル・エスコリアル(El Escorial)の廊下を葬儀の場へと進んでいきました。

 

 

他の王はこのような儀式を行っておらず、さらに王朝の変化とともにエル・エスコリアルを終の棲家とするフェリペ2世が始めたやり方は守られなくなりました。たとえば、ボルボン朝のフェリペ5世はラ・グランハ・デ・サン・イルデフォンソ宮殿に埋葬されているし、その息子のフェルナンド6世は妻と共にサレサス・レアレス修道院に埋葬されています。エル・エスコリアルの王の霊廟の伝統を取り戻したのはカルロス3世と言えるでしょう。

 

 

エル・エスコリアルは、1557年のサン=カンタンの奪回勝利を記念して建てられましたが、王家の共通の墓所を作るという目的もありました。フェリペ2世の下、1563年に建築が開始され、1584年に完成。地下にある霊廟には歴代の王と王妃、王子達が眠っています。しかし、その霊廟で永遠の眠りにつく前に、亡くなった王族が過ごす謎めいた部屋があることはあまり知られていないかもしれません。

 

その部屋は遺体安置所(el pudridero:腐らせ場)。そこで亡くなった王と王妃、王子たちはミイラ化するまで約30年間安置されるのです。なぜ、このプロセスが必要かというと、霊廟の棺のサイズが長さ100センチ、幅が40センチしかないためです。なぜそのサイズにしたかは謎ですが、遺体はそのサイズに縮むまで安置所に置かれます。期間は一概には言えませんが、遺体の水分が抜けて悪臭がなくなるまでに25年から40年は必要だと考えられています。

 

遺体安置所は、国王のためのものと王子達のためのものの2種類があり、国王と王妃は国王の安置所に、王子達はもう一つの安置所に置かれます。その場所については多くの記録があります。「霊廟へ降りていく階段の2番目の踊り場に安置所に通じる扉がある。光が入らず換気もされない部屋に通じている。その部屋への出入りは修道院の修道僧のみに限られている・・・」

 

現在、国王の安置所に置かれている遺体は、前国王フアン・カルロス1世の両親、バルセロナ伯爵(フアン3世)と伯爵夫人マリア・デ・ラス・メルセデスの二体。ビクトリア・エウヘーニア王妃は1969年にスイスで亡くなられ、1985年に遺体がエル・エスコリアルに移されました。その後2011年に霊廟に収められています。遺体安置所から霊廟への移動は内々で行われます。霊廟への移動の前には、遺体が霊廟に収めるのに適した状態であるかが医師によって確認されるそうです。

 

霊廟も国王の霊廟と王子達の霊廟に別れています。国王の霊廟は黒と茶色の大理石を中心として作られていて荘厳な雰囲気です。祭壇の両側に4段で1列になった遺体を収めるスペースがあります。王子達の霊廟は白い大理石中心で少し明るい雰囲気です。奥には3段重ねになった複合の棺もあります。

 

バルセロナ伯爵夫妻の遺体が霊廟に移されると国王の霊廟の空きはなくなるため、前フアン・カルロス1世国王夫妻や現フェリペ6世国王夫妻が亡くなられた場合の霊廟をどうするかが検討されています。王子達の霊廟にはまだ24の空きがありますが、いずれ霊廟の拡張が必要になるのは同様です。

 

霊廟のスペースをめぐっては、当初別の場所(los infiernos:地獄、暗くて狭い墓地だったためこう呼ばれたらしい)に埋葬されていた遺体を1654年に王族の霊廟が完成したのを機にフェリペ4世がこの霊廟に移した経緯があります。その移動がなければ霊廟のスペースにまだ余裕があったため、それが正しい選択だったのかという議論も出ています。

 

 

そんな議論はさておき、マドリードに行くことがあれば少し足を伸ばしてエル・エスコリアル宮殿も訪れてみてください。王宮、修道院、霊廟、博物館、図書館の機能を持つ複合的施設で、1984年には「マドリードのエル・エスコリアルの修道院と王室用地」として世界遺産として登録されています。その広大さはフェリペ2世の権力の大きさを思わせます。また、外見の質素さとは裏腹な内部の豪華さにも、その時代のスペインの国力が反映されているようです。歴代のスペイン王達が眠る地下の霊廟ではスペインの歴史の流れが感じられます。