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コンチャ海岸のシンボル

2018.06.26

El confidencial 6月8日のWeb記事より 

スペイン北部の歴史の町、バスク地方のサン・セバスティアンにあるラ・コンチャ海岸には、1916年に設置された鉄の鉄柵が遊歩道に沿って長く伸びていた。ところが潮風や時間の経過によって錆びて老朽化し、これらを撤去し新しいものに換えることになった。古い鉄柵はスクラップされるところだったのだが、サン・セバスティアン市職員のある一言から話は展開した。「このドノスティア(バスク語でサン・セバスティアンの意味)のシンボルとも言える海岸に長く存じたこれらの鉄柵を、町の希望者に譲ってみてはどうだろう?」
ほどなくして市職員の満場一致で譲渡が決定、鉄の鉄柵を225個に分けて希望者を抽選で応募したのであった。実はオークションにかけるという話も無かった訳ではないが、結局抽選が良いだろうという結論に達した。

 

ところが次に市職員達に大きな疑問が浮かぶ。「本当に応募者がいるのだろうか?」実際、鉄柵は1片が80cm、重さ約50kgで、各家庭で保管するにはかなりかさが高い。しかし職員達の心配はすぐに杞憂に変わる。何と1回目の応募すぐに1.000人以上の応募が殺到、さらには最終トータルで7.389人の応募があったのだ。この数、サン・セバスティアンの住民の4%である。そして、住民でない407名の応募者は、抽選から外さざるを得なくなってしまった。というのも応募当初は、サン・セバスティアンで生まれの他県に住民票を持つ者も応募対象に考えていたが、あまりにも応募者が多かった為、泣く泣く断念してもらったのである。結局この人達を差し引いた6.982人の応募者の中から抽選することになった。来月の7月20日が抽選日で、一片につき31人の応募者がいることになっている。

 

サン・セバスティアン市は、これらの鉄柵1つに145ユーロという価格を付けた。だが、決してこの時代の波をくぐり抜けてきた貴重なシンボルを利用して儲けたかった訳ではない。実際、ホテルLondresとホテルPerlaの間にあるこれらは、アルフォンソ13世によって開会式が行われたほど由緒ある町のモニュメントと言える。ただ、形を崩さず良い状態で取りはずしにかかる作業費を当選者達に支払ってもらうことにしたのである。当然鉄柵なので、切ると言っても大変な作業である。また、特に補修はされずいわゆる切りっぱなし、鉄のギザギザやサビはそのままの自然な状態で手渡されることになっている。

 

大人気の鉄柵であるが、転売は固く禁じられている。225名の当選者達は引き渡しの条件として、所有権はサン・セバスティアンが持つ旨を書面で交わすことになっている。というのも、時間の経過や生活環境の変化によって鉄柵が不要になった場合、再度市が引き取ることになっているからである。これは、町のシンボルを売買されない為の策でもあり、不正があれば市は訴える姿勢であるという。ただし、コピーはしても良いそうだ。ただ、デコラティブな鉄柵のレプリカを職人に注文した場合、結構高くつくのは目に見える。145ユーロは決して悪くはないお値打ち価格ではないだろうか。

 

サン・セバスティアンのEneko Goia市長は、今回のアイデアと応募結果に大変喜びを表している。これはドノスティア市民が(サン・セバスティアンの市民)がどれだけ自分達の町に関心を寄せているかのバロメーターであるからだ。錆びて朽ちかかっていた捨てられるだけの鉄柵を、市民がそれぞれの思いで大切に守っていくことを誇りに思うからである。ちなみに、今回アンダルシア地方はウエルバ県のAntilla海岸にも鉄柵を100m贈呈されることになっている。現在、抽選の鉄柵以外にもまだ残されている柵はあるが、これらを抽選にかけることは今後一切無く、今後の撤去作業は市の予算で行われる予定だ。

 

トリップ・アドバイザーで2年連続ヨーロッパ一の砂浜海岸に選ばれた、ラ・コンチャの前で写真を撮ったことが無いサン・セバスティアン市民はまずいない。観光客がおさめる浜辺の写真には必ずと言っていいほど君臨していた鉄柵である。今年の夏は改装一新ピカピカの柵が並ぶことになるが、長い時間をかけてこれらもまた朽ちていくのだろう。目に映る全てのものに何かしらの価値がある。そして、捨てる神あれば拾う神ありなのである。