今夏、日本で公開されたアルゼンチン映画『永遠に僕のもの』(ペドロ・アルモドバルがプロデュース)の中に、主人公の美少年カルロスが名前を聞かれた際に「ガルデルから取ったんだ」とその由来を呟く場面がありました。アルゼンチンに詳しい人なら、このセリフを聞いてピーンときたはず……そう、カルロス・ガルデル(Carlos Gardel, 1890-1935)はアルゼンチンで知らない人はいない伝説のタンゴ歌手です。
◾️そもそもタンゴって?
タンゴといえばアルゼンチンとウルグアイの国境ラプラタ川周辺で発展した音楽ですね。大きく2種類あり、アルゼンチンのアルゼンチン・タンゴとヨーロッパに伝わって変化したコンティネンタル・タンゴがあります。日本で「タンゴ」と聞くと情熱的な男女の踊りを思い浮かべる方が多いと思いますが、フラメンコと同じで、やはり、歌があっての踊り。もともとタンゴは黒人音楽ミロンガから発展していて、色々な音楽要素が合わさって形成され、場末のカフェや酒場で「世の中の憂を晴らすために」労働者や貧しい移民たちなど下級階層の手によりうたわれ、踊られた音楽でした。しかし今回紹介しているようなカルロス・ガルデルような国民的スターの登場もあり、今ではアルゼンチンの国を代表する伝統音楽に。2009年にはユネスコの世界遺産に登録されました。現代ではスペインでフラメンコ留学ができるのと同様、アルゼンチンにタンゴ留学するという道も開かれています。
◾️フラメンコ界でも生きているガルデルの曲
アルモドバルの映画ファンなら《Volver》(帰郷 / 2006年)をご存知でしょう。真っ赤なジャケットに美しいペネロペ・クルスのはっきりとした顔立ちがシンボルマークの映画。母と娘の愛を再生する物語ですが、劇中でタイトルと同じ名前の曲《Volver》を、ペネロペ扮するライムンダが披露する場面があります。実際には映画中でこの曲を歌っているのは有名なカンタオーラのエストレージャ・モレンテです。でも、この曲にはオリジナル版があって、それがガルデルが歌ったタンゴの《Volver》です。まさに名曲と形容するのにふさわしい曲で、モレンテ以外にもいろいろな歌手によってカバーされています。ガルデルは、アルゼンチン歌手としての名声を南米中に轟かせていた絶頂期に、飛行機墜落事故で命を落とします。この悲劇は世界中の大勢の人にショックを与えました。コロンビアでガルデルを熱心に聴いていたガルシア=マルケスも、ガルデルの突然の死を自伝で嘆いています。けれども、死して今なお、ガルデルの傑作はこうしてスペイン映画の有名作品やフラメンコの中にも導入されて、生きているのです。彼の曲は、ホッと落ち着きたい時に聴くのにとても良いですよ。タンゴ音楽鑑賞おすすめです。